浜省ばかり聞いていた時があった。
就職して2年目、リクルートスーツをやめて、少しばかり自己主張をしはじめた頃だ。
ディスコヘ行くのも遠ざかり、かといって上司と行く飲み屋では落ち着かない、妙に中途半端な時期。
仕事に慣れ、「このまま会社員としてやって行くのか」と軽い憂鬱を感じていた頃だ。
ミドルティーンからハイティーンを意識した初期の浜省・ソングは、かなり青臭い。
ある時は青春の痛みを、ある時はほとばしるエネルギーを、怒りを、愛を、浜省はシンプルなメロディに載せて歌っていた。
「日本語じゃ絶対ロックできない」、みんなそう思ってた。
どうしたって「お子様ランチ」になっちまう。
だから、みんな英語で歌おうとしていた。
ヘルプフルソウルだって、フラワー・トラベリング・バンドだって、当時ロック本格派を目指していたバンドはずっとそうしていた。
でもキャロルがきて、ファニカンがきて、はっぴぃえんどはもっと前からいたか・・
でも、もしかすると日本語(大阪弁)でもロックできるんじゃない、って、そう思いだした頃、全然別な方法でやっぱり日本語でロックしてたのが浜省だった。
「愛奴」でドラムを叩いていた時に浜省が作った「二人の夏」は、その頃のロック界ではかなり異質な曲で、コーラスアレンジ(たぶん町支寛二が頑張ったんだろうな)が極めて新鮮だった。
サーフィン/ホット・ロッド系のスローナンバーで、今でもスタンダードな名曲(恋の西武新宿線も同系列でグッドですが・・・)として僕の心に残っている。
その後、浜省は独立してしまうのだが、でも、これってロックだったんだろうか?
Q)浜省の音楽ルーツってどこにあるんだろ?
A)ロックンロール、R&B、フォークソング・・・
いや、たぶんみんなハズレだな。
浜省の声をまねて「学園天国/フィンガー5」歌ってごらん。
ジャスト、浜省節でしょ。
同じように「川の流れのように/美空ひばり」のサビのあたりを歌えば、ほら、浜省節になる。
浜省の声があれば、なんだって浜省ロックになってしまう。
あのさ、浜省って、絶対にアメリカングラフィティなんだけど、その実、まったく日本だよね。
ビーチボーイズもロックンロールもディランも聞いたんだろうけど、でも、でき上がったのは歌謡曲だよね。
どんなにロックだって言っても違うな、ポップスかも知れないし・・・
いやいや、ジャンル分けなんて、70年代に活躍したにわか評論家の悪僻だな。
浜省は浜省。
モラトリアムから卒業できない臭い歌詞は未だに健在で、どこかで聞いたようなメロディは聞く前から耳に馴染んでるから(いや、けなしてるんじゃないって)、実に安心、そして最高なわけ。
で、思うんだ、やっぱり俺日本人なんだなって。
どんな素敵な洋楽聞いてもカラオケじゃ歌わないし(英語苦手だし)、
良いんだけど(も一度、実際俺、洋楽大好きだし、レコード一杯買ったし、邦楽より洋楽レコードやCD、数段多いし・・・)
でも、やっぱメロディが皮膚感覚として伝わらないってゆーか
ピザ好きだけど毎日は食えねーよっつーか
だから、浜省なんか聞いていると妙に安心しちゃう。
そして思うんだよね。
JPOP ってなかなかの発展系だなって。
加工貿易(小学校で習ったけど、すでに死語なのかな)って、日本のお得意芸だったけど、それが今、文化にも根付いたんだよね。
アジアの中のJPOP 、アニメ、みんな一級品だと思うよ。
ルーツはアングロサクソンだと言うやつがいるかも知んないけど、マインドはジャパンなんだって、すなわち土台は日本よ。
カレーだってラーメンだって、今は輸出している時代だよ。
ところで「終わりなき疾走」だけど、これってギタアに魂揺り動かされて夢を駆け上る「ティーンネイジドリーム」そのものだよね。
こんなに臭い歌詞を臆面も無く歌ってた浜省って、最高!!です。
いつまでも忘れちゃいけないもの、ジャスト青春が、ここにあるような気がしてる。
たった一つのキッカケですべてが回り始める、そのキッカケを今もみんな追い求めているんじゃないかな。
だけど、浜省ファンの俺たちって、実はいつまでたってもモラトリアムなんじゃないかと思ったりもする。
なんか支離滅茶苦茶(そう、支離滅裂でなくて)な文章だな。
ゴメン。
まとまりなく今日は自嘲がちにこれで終わっておこうと思う。
浜田省吾をググルと、すごい数ですね。
日本人の心にジャストフィットのアーティストだってことなんでしょう。
2003/09/27(初稿)
2022/03/08(追補)
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「終わりなき疾走」は、All For Run の題名でアルバムA面の1曲目に収録されています。
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浜田省吾オフィシャルホームページ