この曲のお陰で全国の「さなえ」ちゃんが一躍人気者になったかどうかは知らないが、大学ノートの裏表紙に誰かさんの似顔絵を書いた人はかなりいるはずだ。
かく言う僕もその一人で、見られたところで「誰」と判別できる訳でもない絵を、大学ノートの裏表紙の内側に隠すように書いていた。
そのノートは、ある時は日記であり、ある時は詩の殴り書きであり、そしてある時はギタアコードを書きそえただけの自分だけにわかるスコアだったりした。
そしてそれは、当時の僕としては「唯一の本音吐露」の場であり、誰にも見られたくはない「恥じの集大成」だった。
ところで古井戸は、チャボこと仲井戸麗市と加奈崎芳郎の二人組みである。
リードボーカル担当の加奈崎は、アクの強い骨っぽいボーカルで男歌を身上としていた。
70年代フォーク全盛期はフォークもアイドル化していたので、加奈崎のキャラクタが前面に出た古井戸がヒットチャートに顔を出すのは希だった。
チャボは、この頃、生ギタアを腰まで下げてロックギタリストのようなスタイルでリードギタアを弾いていた。
細身の体に編み込んだ毛糸のキャップと長い髪がトレードマークで、当時のフォークグループとしては珍しくブルースっぽい匂いがした。
古井戸解散後チャボはソロとなり、RCサクセションに参加して大成功する。
自らのソロアルバムも出すし、ストリートスライダースの蘭丸とのコラボレーション「麗蘭」でも、とてものびのびとプレイしている。
R&Bやブルースが大好きだと言うチャボは、ハスキーでありながら重くならない声で、独特の雰囲気をかもし出している。
本も数冊出しており、どれも自らの音楽ルーツに関するモノを書いている。
とても分かりやすく、エッセイとしても充分楽しめるものだ。
加奈崎がどうしていたのかは分からないが、実は最近、CD「Kiss of Life」を手に入れた。
近くの中古CDショップで1枚200円のワゴンセールの中から見つけたもので、黒い皮ジャンの加奈崎が、黒っぽいジャケットの中にいた。
忌野清志郎やチャボがゲストで参加していると言うので面白半分で買ってみたのだった。
加奈崎の声は太くて艶っぽかったのだが、これはやけに骨っぽい。
好き嫌いがハッキリと別れてしまうアルバムだ。
濃いものは嫌われる典型的な音である。
清志郎がどこにいるのか全く分からない程である。
メジャーになる為には、強烈な個性と共にそれなりの協調性も兼ね備えていなければならないんだよ、そんなことを教えてくれるようなアルバムである。
人と同じでは目立たないけど、いつまでも我を張ってちゃメジャーにはなれない、のだろう。
そう考えると「さなえちゃん」と言う曲は、かなり微妙なバランスで成り立っていたようである。
一般人受けする愛らしい歌詞と加奈崎のアクの強い声。
いや、愛らしいと言ったところで、書いているのは多分男だから、少々キモイ気もしないではない。
おそらくは、フォーク全盛期に合せて、ウケ狙いで書いたんじゃないのかな、そんな気がしてる。
さて、大学ノートの秘密は誰にも打ち開けることなく、ひっそりと机にしまっておいたのだが、東京に就職して、しばらくぶりに家に帰ると、僕の部屋は見事に改築され跡形もなくなってしまっていた。
勉強机は?
と聞くと物置小屋にしまったとのこと。
慌てて大学ノートを探しにいくと、引出しの中はものの見事に奇麗に整理されていた。
しかし、そこには、ホコリひとつない大学ノートが昔のままあった。
そして、それから更に20年も経ったのに、僕の勉強机は未だに物置小屋に眠ったままだ。
もちろん、大学ノートは、まだ奇麗なまま引出しの中にある。
2004/09/20(初稿)
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