同アルバムにおさめられている「傘がない」もまた、初期の陽水の傑作である。
当時、単純に疑問だったのだが、陽水には、初期のフォークソングの持つメッセージ性と言うものが殆ど感じられなかった。
拓郎、泉谷などは、極めて私的で、その時々の思いの全てが曲に凝縮していた。体温、鼓動、本当の思い、そんなものに共感した。
しかし、陽水にはそれが希薄だった。
強烈なメッセージの代わりに、それぞれが勝手に感じれば良い、と言うある種の達観さが見え隠れしていた。
この「傘がない」も、当時は、シラケ世代などと言われた若者達の複雑な心情吐露のように評価するものがいたが、僕にはどうしても納得できなかった。
「わが国の問題」と「彼女に会う」こと、「傘がない」ことを同一視するなど出来なかった。
余りに価値が違い過ぎることだった。
高度成長時代の中、なぜ陽水はこんな曲を書いていたんだろう。
明治時代の社会主義者・幸徳秋水の血を引き告ぐという陽水・・・ 何か影響しているんだろうか? 調べてみよ。
ところで、わが国では、1998年以来、毎年自殺者が3万人を超えているのだそうだ。
そしてこれは、欧米先進国を含めて一番多く、他の国と比べて軽く2倍を超えていると言う。
もう「断絶」から30年も経ったと言うのに、今朝来た日経新聞にも書いてあった。
2003/10/23(初稿)